2025年11月、OpenAIのサム・アルトマンは、「OpenAIがAIによって運営される最初の大企業になれなかったら、自分を恥じる」という趣旨の発言をしていた。
AIが部門を管理するだけではない。いずれはAIがCEOになり、会社全体を動かす。少なくとも当時のアルトマンは、そんな未来をかなり前向きに語っていた。
ところが、2026年7月28日に公開されたポッドキャスト「Invest Like the Best」では、ずいぶん違うことを話している。
アルトマンは、企業の意思決定に責任を持つ人物が誰なのか、人々は知りたがると説明した。悪い判断が行われたとき、誰に責任を問えばいいのか。その相手として、人々はAI CEOをあまり望んでいないという。
ずいぶん現実的な話になった。
もちろん、アルトマンが「AI CEO構想を正式に撤回した」と発表したわけではない。
AIの能力が不足しているから、CEOにはなれないと言ったわけでもない。技術的には可能になったとしても、人間の側がそれを受け入れないのではないか、という話である。
それでも、わずか数か月前まで「OpenAIが最初にやるべきだ」と語っていた人物が、今度は「人々はAI CEOを望んでいない」と話している。少なくとも、考え方が変わってきたのは確かだと思う。
面白いのは、アルトマン自身も、ほとんどの場面でAIより人間と関わりたいと話していることだ。
AIのコンサルタント、AIの営業担当者、AIのエンジニアは、すでに作ろうと思えば作れる。それでも多くの人は、人間と仕事をすることを選んでいる。
画像や文章についても同じらしい。
AIが見事な絵を作れるようになっても、人はその作品を誰が作ったのか気にする。小説を読めば、作者がどんな人物なのか知りたくなる。
これは単なる性能比較ではない。
AIのほうが速い。AIのほうが安い。場合によっては、人間より正確かもしれない。それでも、誰が作ったのか、誰が判断したのか、誰が責任を取るのかという部分は残る。
ここからは私の推測だが、AI CEOの最大の問題は能力ではなく、責任なのだと思う。
AIが間違った経営判断をして会社が傾いた場合、誰が責任を取るのか。AIそのものを辞任させても意味はない。結局は、AIを導入した人間、取締役会、株主、開発会社などの責任になる。
それなら、最初から人間のCEOを置いたほうが話が早い。
都合のいい判断だけをAIに任せ、問題が起きたら「AIが決めました」では済まされない。むしろAI CEOは、責任の所在をぼかすための便利な盾になりかねない。
アルトマンは、AIが経済を予想したほど急激に変えていない理由として、人間が人間を信頼し、人間と働くことを楽しんでいる点を挙げている。
AI企業のトップが、人間関係の強さを少し見くびっていたと認め始めたようにも見える。
AIが人間の仕事を奪えるかどうかと、人間がAIに仕事を任せたいかどうかは別の問題だ。
技術的に置き換えられるからといって、社会が置き換えを望むとは限らない。
AI CEOという発想は、AIの進歩を分かりやすく見せるには都合がいい。だが、会社は性能テストではない。失敗したときに謝る人間も、責任を負う人間も必要になる。
結局、AIが最後まで苦手なのは、判断そのものではなく、判断した後に責任を引き受けることなのかもしれない。
出典:
・YouTube「Sam Altman on AGI, Compute, and Human Agency」(Invest Like the Best、2026年7月28日公開)
https://www.youtube.com/watch?v=XDB5beon4DY
・Business Insider「Sam Altman says people don’t really want an AI to act as CEO」(2026年7月28日)
https://www.businessinsider.com/sam-altman-ai-ceo-humans-work-future-2026-7
・Business Insider「Sam Altman says he would be ashamed if OpenAI weren't the first company run by an AI CEO」(2025年11月5日)
https://www.businessinsider.com/sam-altman-openai-ai-ceo-2025-11